2026年「御正忌法座」を勤修しました

2026年1月17日に御正忌法座をお勤めし、
「AIは仏に代わることができるのか ― AI時代における、心の拠り所の見つけ方 ―」
というテーマで私が法話をさせていただきました。

御正忌は、親鸞聖人のご命日をご縁として、そのお生涯やお心をたずねる大切な法要です。
同時に、私たち自身の人生を静かに振り返る時間でもあります。

今回はその御正忌の場で、あえて「AI」という現代的な題材を取り上げました。
それは、仏教の教えを軽くするためでも、新しいものに迎合するためでもありません。
親鸞聖人の教えを、今の時代の言葉でたずね直すための試みでした。

AIの実演を通して見えてきたこと

法座の前半では、実際にAIを使いながら、

  • 悩み相談
  • 文章作成
  • 日常の質問への応答
  • 画像や動画の生成

などをその場で体験していただきました。

参加者の多くは、60代後半から80代の方々でしたが、
「AIはすごいですね」「ここまでできるとは思わなかった」
といった驚きの声が多く聞かれました。

その上で後半では、正信偈の内容をもとに、
AIを活用して制作した楽曲とミュージックビデオをご覧いただきました。

率直なご感想と、印象的だった声

MV上映後、内容そのものについては好意的なご意見を多くいただきました。

「意味が分かりやすかった」
「正信偈の世界観が、別の角度から伝わってきた」

といった声があり、
教えの内容自体は、しっかり受け取っていただけたと感じています。

一方で、曲調については率直なご意見も多く寄せられました。

  • 「最近のポップミュージックではなく、演歌や70〜80年代の曲調で聴いてみたい」
  • 「クラシック調の方が馴染みやすいかもしれない」
  • 「最近の紅白に出ている歌手のようで、少し聴きにくかった」

といった声です。

これは否定的な反応というよりも、
世代の感覚として自然な、正直なご意見だったと思います。

※正信偈Rexixについては以下で限定公開にしています。

法座を終えて

今回の法座を通して改めて感じたのは、
AIは確かに便利で、驚くほど多くのことができますが、
人の人生そのものを引き受ける存在ではないということです。

生き方、老い、不安、別れ、答えの出ない問い。
そうしたものに対して「正解」を出すことよりも、
そのまま抱えて生きていく力を支えることが、仏教の役割なのだと思います。

AIは道具として、これからも進化していくでしょう。
だからこそ、仏教の教えをどう伝え、どう受け取っていくのか。
その工夫や対話を、これからも大切にしていきたいと思います。

今回いただいたご意見も、今後の取り組みへの大切なヒントとして、
次の機会に活かしていく予定です。

ご参加くださった皆さま、ありがとうございました。