仏壇て何?~仏壇の意味合いや歴史~
このブログ記事では仏壇の由来やその意味合いについてご案内しています。
住職、今度仏壇を購入しようと考えいます。それで、ふと自分が仏壇について良く知らない事に気づいてしまいました。
そこで、本日は是非仏壇について説明をお願いしたいんですが宜しいでしょうか。
う~ん。ナヤムさん今回は仏壇についてのお悩みですか。良いでしょう、それじゃ~今日は仏壇についての説明をしましょう。
目次
仏壇とは
仏壇とは家の中で阿弥陀如来などの本尊をお祀りする台のことです。通常仏壇は、寺院にあるお仏壇(内陣)を小型にして厨子(大切なものを安置する扉がついた入れ物)と一体化して箱型になっています。
その姿は、仏が住む世界である極楽浄土を表しています。仏壇とは言わば、仏様をお祀りする家の中にあるお寺に近い存在です。
仏壇の成立ち
仏壇の元来の意味合いは、家の中にあるお寺です。仏壇の歴史は古く、現存する最古の仏壇は、「玉虫厨子(たまむしのずし)」と言われ飛鳥時代に作られた物です。
奈良の法隆寺に安置されています。当時、仏壇を祀っていたのは貴族などの一握りの上流階級の人々のみでした。
仏壇が一般庶民の間にも広がりを見せたのは鎌倉時代から江戸時代にかけてです。
鎌倉時代から室町時代の仏教者は仏教に対する庶民の信仰心を高める上で、仏壇を信仰心を高めるための手段として活用しました。
朝・夕と仏壇の本尊にお参りし、仏教の教えに対して思いを巡らすことで仏壇の所有者は仏教に対する信仰心を高めていきました。
江戸時代に入ると、徳川幕府が「寺請制度」を導入しました。寺請制度とは、一般庶民に対してお寺の檀家となることを義務づける制度のことです。
この制度の導入の背景には、鎖国制度の推進と鎖国制度の推進に伴う西洋文化の流入防止がありました。西洋文化の流入を防止する上でキリスト教の信仰の禁止なども幕府は行いました。
そして寺請制度の導入にともない仏教を一般庶民の間にも定着させる上で仏壇を持つことを義務付けました。この制度により、仏壇は一般庶民の間で爆発的に普及しました。
現代における仏壇の役割
本来の仏壇の役割は、仏教の信仰の中心であるご本尊を祀る場所であり家の中にある小さなお寺としての機能を果たしていました。
それが時が経ち、江戸時代に「寺請制度」が導入され仏教が死者の供養と結びつくようになると仏壇の役割はご本尊を祀る場からご先祖もお祀りする場へと変化していきました。
そして、現代に入ると仏壇は本尊や先祖を祀るという意味合いは薄れ、家族などの近しい亡くした方々との対話の場と捉えられるようになってきています。
なるほど~!仏壇にはそのような歴史が意味があったんですね。良く分かりました。
そうなんだよ。仏壇の歴史も1000年以上あるから、奥が深いよね。
著者:釋 文雄(しゃく ぶんゆう)浄土真宗本願寺派 順教寺 住職
1948年に生まれ、1960年に得度を受け、1974年には寺院の住職の資格を得る。以後、本願寺派の布教使としての活動を開始。1977年に当寺院の第14代住職に就任し、現在に至る。浄土真宗本願寺派の僧侶として、50年以上の経験があり、布教使として各寺院や講演会での法座の登壇回数も延べ1,000回を超える。これまでの、浄土真宗僧侶としての経験を踏まえて仏教や浄土真宗の教えを伝えるために「教えて住職さん」のブログの情報発信を行う。